母の日参り第2回手紙コンクール受賞作品

受賞作品 発表LETTER

≪ 受賞作品一覧に戻る

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈金賞〉 受賞作品

【作者】 頑張ってるお父さん さん (男性・49歳・新潟県)
【題名】 ばあちゃん(母)、素直になれずゴメン

母が十数年前に他界した。
歳を重ねても唯一、頭があがらないのが母だった。
娘はそれを敏感に感じとり、私がカミナリを落とすと、よく「婆ちゃんに言いつけてやる」等と小さな抵抗をみせた。
母は孫娘を溺愛し、娘も超がつく程の婆ちゃん娘だった。

その娘が今年から新潟を離れ大阪で1人暮らしを始めた。
私は事あるごとに電話をするのだが、良くできた娘で煙たがらず近況を伝えてくれる。
お父さん、大丈夫だから心配しないでと。

私も若い頃、県外就職組だったので母からよく電話を貰った。
その当時、自分は男だというプライドと若さも手伝って、母に対して随分とつっけんどんな態度を取ったものだ。
しかし今こうして娘の心配をしていると、母がその当時かけてくれた言葉が、時空を超え私の心に突き刺さってくる。
人生のゴールがそろそろ見えてきた今頃になって、30数年前にかけて貰った母の言葉に感謝し涙する。

生きている内に、もっと母と向き合うべきだった。
私達には言葉がある。愛を伝え、感謝を伝えるその言葉で、くだらない事でも日常の小さな出来事でも、もっともっと会話をするべきだった。
孝行したい時に親はなし-そんな当り前の言葉が身に沁みる。

ある日、大阪の娘から電話があった。
「お父さん、母の日参りって知ってる? 母の日に新潟に帰るから、そしたら婆ちゃんのお墓参りに行こう。婆ちゃんの好きだった栗羊羹を持ってさっ」

頬から流れた涙が受話器を伝ってポロリと落ちた。

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銀賞〉 受賞作品

【作者】 yukari さん (女性・38歳・静岡県)
【題名】 自由を謳う左手

「左利きは不便だからって、小さい頃、ママのママに無理やり右利きに矯正されたの」
正しい箸使いを教えながら、美しい書を教えながら、事ある毎に幼い私にそう話していたママ。
だから私の知っているママは、右手の巧みな箸捌きで焼き魚を食べ、流れるような綺麗な字を書く書道の先生だった。
でも七年前の夏、ママは脳梗塞で右半身に麻痺が残った。
右手の自由も奪われ、三十年間掲げた書道教室の看板を悔しそうに下ろした泣き顔を、ママが逝って一周忌を迎えた今でもはっきり覚えているよ。
凄く辛かったよね。
…だけど、半年後の元旦。
酷い乱筆の年賀状が私の元に届いた。
『明けましておめでとう。半世紀ぶりに左手で書く年賀状です。
五歳に戻った気分で懐かしく、ワクワクしながら書いています。
昔取った杵柄?どう?なかなかのものでしょ?』
あんなに流麗な字を書く人だったのに。
思うように体が動かせず、もどかしくて苦しい筈なのに…
過酷な試練さえ、懐かしいという感情に染め変え、ワクワクというポジティブさで楽しめるママ。
そんなしなやかで強靭なママを逞しく誇らしく思ったよ。
右の自由を奪われても、あの時ママはきっと六十年ぶりに左手の自由を取り戻したんだよね。
この一葉の年賀状は、ママの再生の証。だから、今でも大切な私の宝物。
いつの日か、私がママに会いに行く日が来たら、その時は天国でも私に書道を教えてくれる?
…勿論、左手でね。

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銀賞〉 受賞作品

【作者】 夢うつつ さん (女性・63歳・東京都)

母さんが亡くなってから3年、天国では「お母ちゃん」に会えましたか?
いつも明るく優しかった母さんが認知症となり、晩年には笑顔さえ忘れ、まるで別人のようになってしまいましたね。

「しばらくお母ちゃんに会ってないから会いに行ってくる」と昼夜を問わず徘徊し、「母さんのお母ちゃんはもう50年以上も前に亡くなっているでしょ」と何度言っても理解できませんでしたね。

霙まじりの冷たい雨が降る深夜、私がちょっと目を離した隙にシャーベット状になった庭先を裸足でうろうろ歩き回っていたのです。
冷えきった体をブルブル震わせ、「お母ちゃんに会いたいんだ」とくり返す母さんを抱きしめながら「どうしてこんなことするの!」と強い口調で叱ったのです。
赤くなった母さんの足を洗いながら、私は涙が溢れ、お風呂場で声を出して泣きました。
あの頃の私は、母さんの気持ちに寄りそうことなく、介護の辛さを嘆き、ただただうろたえてばかりの親不孝の娘でした。

「ばあちゃん、明日お母ちゃんに会いに行こう!」

あの時の息子の一言はまるで魔法のようでした。
久しく忘れていた母さんのこぼれるような笑顔・・・。
母さんが愛して止まなかった孫は優しい嘘のつける大人になりました。

そして、今、私はあの頃の母さんの気持ちが痛いほどわかります。

「しばらくお母ちゃんに会ってないから会いたいよ」

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 星田 由希子 さん (女性・56歳・奈良県)
【題名】 松山に行こう

母さん、父さんの故郷の松山に招待されたよ。
なんとエッセイの表彰式。
誰よりも喜んで、おめでとうと言ってくれる笑顔が目に浮かぶ。
母さんが元気なときだったら、絶対に一緒に行こうって誘っていたのに、それだけがとても残念。
確か私が小学校に上がる前、家族で松山に行ったよね。
道後温泉の大広間で、お団子を食べたことだけは覚えている。
あそこまで行って、有名なお風呂には入らなかったのかな。どうなんだろう。
今は母さんも父さんもいないから、この記憶が正しいのか聞くことができない。
正直悔しいよ。他のいろいろな思い出も、もう誰とも話せない。
だからどんどん色あせてきてしまった。
それは思いがけず、すごく寂しいことだと今になって気がついた。
だけどね、父さんの妹さんに電話をしたら、今も松山に住んでいるから会いましょうって。
叔母さんは当時の懐かしい話もしましょうと言ってくれている。
記憶を確かめることができそうだよ。
母さんは病気が治ったら、松山の道後温泉にもう一度父さんと行きたいって言ってたよね?
それを思い出して、いいこと考えついたんだ。
いつもリビングに飾っている二人が仲良く並んでいる写真。
大事にスカーフに包んで、バッグに入れて直彦さんと松山に行くね。
私たちも久しぶりの夫婦旅行。道後温泉も松山城も一緒に行こう。
そして叔母さんと叔父さんにも会おう。
きっと懐かしい話に花が咲くよ。

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 かずさん さん (男性・65歳・京都府)
【題名】 かあちゃんの涙

かあちゃんがぼくに初めて見せた涙は、痛かった。

小学五年生の頃の話だ。
戦後二十年、それでもぼくたちの暮らしは貧しくて、ジュースやサイダーを飲むことなど、とてもできなかった。
せいぜい粉のジュースのもとを水にとかして、その甘さを味わうのが関の山。
甘さに飢えていた子ども時代だ。

ぼくと兄ちゃんは、思いあまって、町の酒屋の倉庫に盗人に入ることにした。
倉庫の中には、新品のサイダーが山積みされているはずだったからなあ。
けれど、倉庫には何もなかった。
ぼくたちの心に残ったのは、倉庫を襲ったという恐ろしい事実だけだった。

ぼくは、こわくなって、翌日かあちゃんに事実を打ち明けたよね。
その夜、ぼくたちは、とうちゃんかあちゃんの前で正座させられ、きつく叱られた。
かあちゃんは、何も言わずに泣いていた。
ぼくは、まともにかあちゃんの顔を見ることができなかったよ。

なあ、かあちゃん。あの時のかあちゃんの涙が、ぼくにはきつくこたえたんだ。
歪んだ道を歩いてはいけないと強く教えられたんだ。

あれから、五十有余年。
ぼくは、真っ直ぐに生きることのつらさや難しさを感じながらも、教員の仕事を続けてきたつもりだ。
かあちゃんの涙の痛さが、ぼくの人生の土台を築いてくれたと今更ながらに感謝している。

かあちゃん、ありがとう。

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 バルボア さん (男性・49歳・神奈川県)
【題名】 ねえ、お袋もそう思うでしょ?(笑)

お袋聞いてよ(笑)
この前親父がいきなり「明日は洋服ポストの日だ」と、メールしてきた。
俺は何の事か分からず、「洋服ポストって何?」って聞いて、びっくりした。
どうやら親父は、洋服ポストという、月一回要らなくなった洋服を、回収して、アフリカなどに寄付する運動に、残っていたお袋の洋服を寄付しているらしい。
親父は「お洒落好きだった、母ちゃんの着てない洋服いっぱいあるから、寄付している。」と、言ってきた。

もうお袋亡くなって10年になるけど、親父は、何も言わないけれど、寂しいかったのか、最近までそのまま、家に置いてあったようだよ。
でも一気に寄付するのでなく、少しずつ寄付しているみたいだよ。
やっぱり全部一気に寄付してしまうと、寂しいのかもしれないね。

遠い国でお袋の洋服が、誰かに着てもらえて喜ばれているかもしれない、そう想像すると、凄い嬉しい気持ちになるよ。

それにしても、親父も「カッコイイ事するな??」と思ったよ。
ねえ、お袋もそう思うでしょ?(笑)

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 みずいろ さん (女性・36歳・東京都)
【題名】 かみさま

お母さんへ
お母さん、私もお母さんになってもうすぐ8年になるよ。
男の子のお母さんだよ。びっくりでしょ?
息子がね、もう少し小さい時によく言っていたの。
「はやくおとなになりたい」って。
それでね、ある日ふたりでお風呂入ってたらさ、言うんだよ。
「はやくおとなになりたいけど、おとなになったらかーかはいなくなっちゃう」
それで、天井を見上げながら大きな声で言うの、ポロポロ泣きながら。
「かみさま、お願いです!かーかを長生きさせてください!どうか…!!」って。
お母さん、覚えてる?
私も小さい頃、「かーかがいつかいなくなっちゃうなんてやだ」ってしょっちゅう泣いていたのを。
若い頃に父親を亡くしたお母さん。
その時ね、どんな気持ちで私の言葉を聞いていたのか初めて分かったような気がしたんだ。
お母さんがガンだと分かって、真夜中にひとり叫んだことも思い出したの。
「神様、助けてください!お母さんを助けてください!」って。
いつかのお母さんが、今の私に重なっていつかの私が、息子に重なってお風呂で一緒にポロポロ泣いちゃった。
かなしい、さみしい、うれしい、あったかい
でもやっぱりさみしい そんな気持ちになったよ。
お母さんになって、お母さんの追体験をしているように思うことがたくさんあるの。
いつか、答え合わせができるかしら。
それじゃあ、また書くね。

第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 ケイト さん (女性・64歳・栃木県)
【題名】 待っていてね

あなたが初めて私にねだった毛糸玉、覚えていますか。
ボーナスで何か買ってやると言ったら目を輝かせて、「セーターを編みたい」と言ったわね。
夕暮れの街を、腕を組んで、手芸店まで急いだわ。

棚の中から緑色の毛糸玉を取ってじっと見つめるあなたの瞳は、まるで少女のように透き通っていた。「高価すぎる」と迷っているのを遮って、セーターが編めるだけの玉数を買い求めた。

出来上がったセーターは、あなたにとても似合っていた。
二人で相談して、胸元に小花を飾ったわね。

いま、私の寝室の白い戸棚の中に、そのセーターを着て座っている、痩せ細ったあなたがいます。
作り笑いの顔には、激しい痛みに耐える苦悩が、透けて見えます。

写真に線香を手向けるたびに、胸が締めつけられます。
「どんなに苦しかったことか……」と。

あなたの告別式の日に、遺品としてもらってきたあの緑のセーターを胸に抱き締めたら、耐え切れなくなって顔を埋めました。
思いがけず、セーターからあなたの懐しい匂いがした。
胸に抱かれているようで、「おかあちゃん」と、幼い頃のように呼んだら、悲しみが堰を切って溢れ出ました。

お母さん、あれからずっと、セーターを仕舞ったまま取り出せずにいます。
私、いまだに弱虫なのよ。

≪ 受賞作品一覧に戻る