母の日参り第1回手紙コンクール作品募集

受賞作品 発表LETTER

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第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈金賞〉 受賞作品

【作者】 余白さん (男性・89才・静岡県)
【作品の題名】 白い目薬

母さん、冥界(そこ)からオレが見えますか。
オレ、来年は遂に九十の大台。母さんの享年を遥かにこえます。
丈夫に育ててくれてありがとう。
母さんとの想い出はキリがないけど中でもとっておきはこのエピソード。

小四の頃、歳の瀬の路地裏でメンコ遊びに興じていると
一陣の突風に襲われて目にゴミが。
「痛ッ!」 慌てて家の中へ駆けこむと
母さんが「やッ大変」と赤子の弟を脇へ置き、左の二の腕でオレを支え、
右手で乳房を掴むと オレの目めがけて勢いよく絞りだす
集中放乳?作戦。
その一条の白い目薬はすっかりゴミを洗い流してくれたっけ。
八十年後の今も母さんの肌の温もりと共に鮮やかに覚えています。

母さん、オレが母さんの許へいける日は遠くない。
五十年ぶりに会える母さんはどんな迎え方をしてくれるだろう。
母さんはお茶目だからこんなこと言いそう。
「アレ、えらいお年寄り。もしかしてわたしの父ちゃん?」
そしたらこう返してやろう。「三男静雄只今母上の御許へ参上」。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銀賞〉 受賞作品

【作者】 さやかさん (女性・15才・千葉県)

ママへ
ママが亡くなってそろそろ3年が経とうとしています。
天国での生活はどうかな。ひいおばあちゃんには会えたかな。
私は中学校を卒業して、新しい生活を始めている最中です。
中学校の入学式、病気で辛いなか来てくれたことが本当に嬉しかったよ。
卒業式も一緒に写真を撮りたかったな。
私はこの三年間でたくさんの人に支えられて大きく成長しました。
例えば身長。未熟児で生まれてずっと小さかった私だけど、
ママと同じ身長になったよ。もし隣に並んだらママきっとびっくりするね。
それと家事も少しずつ覚えた。ママほどうまくできないことがほとんどだけど、
パパの負担を少しでも減らせる ように頑張っています。
そしてもちろん勉強も。たくさん努力してやっと定期テストで一位を取れたよ。
高校も第一志望に受かった。多くの人が支えてくれて、ここまで成長しました。
どんなに充実した毎日を送っても、友達のする何気ないその子のお母さんの話や
保護者会の日に見るたくさんのお母さんたちに胸がぎゅっとなることもあるけれど、
私はママの娘として生まれてくることができて本当に幸せです。
生まれ変わってもママの娘に生まれてきたいな。
でもその時はもう少しだけ長く一緒にいたいよ。
生まれてから一緒に過ごした12年間で最期にママの目に映った私は
どんな姿だったのかな。本当は笑顔で送り出 したかったけど、
もしかしたら頼りない姿を見せてしまったかもしれない。
だけど心配しないで。私はママが思っている以上に大きく強くなったよ。
だからこれからも誰かの生きる目的になって、
まわりのみんなを幸せにできる大人に少しずつ近づいていくね。
ママ、産んでくれてありがとう。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銀賞〉 受賞作品

【作者】 スマイルさん (男性・54才・愛媛県)

おかあさんへ

自分の手でありがとうの手紙を書きたくて
少しだけ動く右肩に力を付けるために30グラムのおもりをひっぱり、
上がらない腕を支えるための装具を作ってもらい、
落ちたりずれたりしないように動かなくなった指の間にはさんだペンを
包帯でぐるぐる巻きに留めてもらいました。

全身マヒの障害を負ったぼくを自分の命を削りながら
24時間ずっと介護をしてくれてありがとう。

目をまっ赤にしながら辛い死にたいというぼくの動かなくなった手を握って
心を支え続けてくれてありがとう。

おかげで今ではおかあさんがぼくにくれた笑顔を
すてきだねってたくさんのひとに言ってもらえるようになりました。

笑顔をほめてもらうって
おかあさんをほめてくれているようでとてもうれしいです。

今のぼくにできる親孝行は少しでも長生きをして
もっともっとすてきな笑顔になる事。

だから今度会う時は年下のおかあさんだね。
その時はデートしてくれますか。

全世で一番大好なおかあさん。
本当に本当に本当にありがとう。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 如月光生(きさらぎこうせい)さん (男性・68才・福島県)

母さん、憶えてますか。

あの時、母さんはとうに九十歳を超えていましたね。
母さんは腰を痛めて、ほとんど寝たきりになり、そして認知症にもなっていました。

我が子の名前も忘れ、片言の話はできても、すぐに忘れちゃうんですよね。
「きょうは何日だっけ?」と何度も聞くわけです。
何度答えても、悲しいほど記憶に残りませんでした。

それを承知で、母さんを車に乗せて、満開の桜を見に行きましたね。
「ほら、母さん、北小学校の桜だよ」
ゆっくり走る車の中から、母さんは桜を見て、
「きれいだねえ。北小の桜を見るの何年振りかねえ」と言ったのです。

その三日後、母さんに会った時、ちょうど窓の外では、
何枚もの桜の花びらが風に流され空に舞っていました。
それを見ていた母さんはぼそっとつぶやいたんですよ。
「あっ、思い出した。光生(こうせい)に連れられて車の中から見た北小の桜、
きれいだったねえ」

涙がこぼれました。小さな奇跡でした。

その時、母さんから教えられましたよ。
生きるっていうことは大変だけど、すばらしいって。

母さんが亡くなって、もう三年。
今年ももうすぐ桜が咲きますよ、母さん。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 T.T. さん (女性・59才・福島県)

前略
お母さん、元気にしてますか。
1年も経つのでそちらの生活も慣れたでしょうね。

私はお母さんに代わって、一人になったお父さんの面倒をみていますよ。
お母さんが一番気になっていることでしょうからね。
でも、最初は自分の服がどこにあるのか、ご飯の温め方はどうするのか、
わからないことばかりでどれだけお母さんに頼っていたのか、
一人になって初めて気づいたようです。
24時間、365日いつも一緒にいたお母さんがいなくなって、
一時は元気がなくなり静かなお父さんなってしまいましたが、
子どもたちや、孫たちが遊びに来てくれているので、
少しずつ元気を取り戻しています。
「震災でできなかったけど、今年の春は田んぼでもやろうかな」
なんても言えるよ うになってきています。
お父さんのことは私たちに任せてください。大丈夫ですから。

それから、仏壇にはお母さんが好きだった四季折々の花を飾っていますよ。
母の日にはもちろん毎年プレゼントしていたカーネーションの花を飾りますね。

みんな、お母さんの分まで元気を出し頑張っていますから、
どうぞ見守っていて下さいね。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 香雪 溯那さん (女性・43才・京都府)

お母さん
今年もお母さんが、息子に買ってくれた、鯉のぼりが、
元気いっぱい気持ち良さそうに泳いでくれています。
それを見ながら、子どもの成長を喜んでるの。
天国からも見えていますか?私達と鯉のぼり。

今日は母の日やね。そして、私のお誕生日。
私も遂にお母さんが生きた年より、長く生きることが出来ました。
ここまで、色々あったけど、やってこれたんは、お母さんのおかげです。ありがとう。

最近お父さんに、よく言われんよ?
「お前は、お母さんにそっくりや。よく怒って、よく泣いて、よく笑って、
いっつもやかましいなぁ。」って。
いつも通り、ぶっきらぼうなお父さんやけど、
そんな私をお母さんと重ねて見ては、涙ぐんでるよ。
私は、お母さんに似てる自分を誇らしく思ってます。

お母さんの墓前に来ると、色んなこと【振り返るゆとり】が生まれます。
【自分と向き合うこと】も、不思議と容易くできるんよね。
だから、お墓参り来たら、心が軽くなるの。
お母さんが、お墓参りは先祖のために行ってるようで、
自分のためになるんやでって、言ってたんが、今はよく解ります。

お盆は、息子達も連れて会いに来るからね。
じゃぁまたね。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 H.S. さん (女性・61才・愛知県)

「私ね娘が欲しかったの でも授からなかった、
だから今日から初ちゃんは私の娘です」
嫁いだ時お義母さんは私にこう言ってくれましたね。
おかげで一気に不安が吹っ飛びました。

「わぁ~この娘絶対美人さんになる!だって私にそっくりだもん」
娘が生まれた時もとてもとても喜んでくれましたね。
お義母さんの宣言通り?美人さんになりました。

お義母さんが逝ってからもう1年、そちらの生活にはもうなれましたか?
ところでお義父さんと腕と腕を組んでいますか?
「私 旦那さんと腕組んで歩いたことないの、
あの世に言ったら無理やりにでも腕組むの」って言っていましたね、
お義父さん今頃顔真っ赤にしてるだろうな。

お義母さんが愛した家族は元気でやっています、
だから心配しないでくださいね。
それではいつかまた会える日まで。

追伸です
最近あなたの息子が「お前おふくろに似てきたな」ですって。
嫁としては大変光栄でございます。

第1回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈銅賞〉 受賞作品

【作者】 桜桃 さん (女性・34才・新潟県)

お母さん。
今年もまたお母さんのいない母の日がやってきますね。
明るくて優しくて、誰からも好かれたお母さん。
突然の病で逝ってしまってから、もう五年も経ちます。

実はね、ひとつ、大きな後悔があります。
お母さんが病床で食べたいと言った、梨。
あれは六月で、私はスーパーを二件まわったけれど見つからなくて、
代わりにりんごを買ってきたんだよね。
お母さんは一瞬がっかりした顔をしたけれど、すぐに笑って「いいよ」と言ってくれた。
そしてその五日後、容体が急変して、亡くなってしまった。
まさかあれが最後のお願いになるだなんて。
もっと必死で探せば良かった。今でも悔やんでいます。
食べさせてあげられなくて、本当にごめんね。

ねえ、お母さん。お母さんが亡くなって三年後、私にも初めての子どもができました。
女の子です。名前は、梨に心と書いて、梨心。りこといいます。
あなたがこの子を空からずっと見守ってくれますように、
そしてあなたのように優しい心を持った子に育ちますように。
そんな思いをあなたが最後に望んだ梨の字に込めて名付けました。
その子も今では一歳半。元気にスクスクと育ってくれています。

母の日には梨心を連れて、お母さんの墓前にお参りに行くからね。
五月はまだ梨の時期には早いから、
お供えはやっぱり代わりのりんごになってしまうけれど。
でも優しいあなたのことだから、きっとまた笑って許してくれることでしょう。

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